第1回(電撃PlayStation® Vol.659 掲載)第2回(電撃PlayStation® Vol.660 掲載)第3回(電撃PlayStation® Vol.661 掲載)第4回(電撃PlayStation® Vol.662 掲載)第5回(電撃PlayStation® Vol.663 掲載)第6回(電撃PlayStation® Vol.664 掲載)

第1回

 むかしむかし、海のそこに、人魚たちがすむおしろがありました。
 おしろには人魚の王さまと、六人のお姫さまがすんでいます。
 お姫さまは十五さいになると、海を出て人間の世界へ行くことをゆるされていました。
 いちばん下の人魚姫は、おねえさんたちの話をききながら、私も早く人間の世界を見てみたいとたのしみにしていました。
 そんな人魚姫に、人魚のおばあさんがおしえてくれました。
「いいかい人魚姫や。人間のたましいは死んだら神さまのところへ行けるけど、そのかわりにすぐ死んでしまう。
でも私たち人魚は、死んだら海のあわになってしまうけど、三百年も生きることができるんだよ」
 だから、人間よりも人魚のほうがいいんだよ、とおばあさんは言います。それでも人魚姫は、人間の世界に行ってみたいと思いました。
 やがて人魚姫も十五さいになって、ついに海の上へと出かけます。
 人魚姫が人間の世界でさいしょに見たのは、大きなふねでした。
「まぁ、なんてりっぱなふねかしら。あら、あの人は?」
 ふねには人間の王子さまがのっていました。その日は王子さまの十六さいの誕生日で、船の上ではごうかなパーティーが開かれていたのです。
「なんてすてきな人なのかしら……」
 人魚姫は、ひと目でその美しい王子さまに恋をしてしまいました。
 すると突然、海にあらしがやってきて、王子さまののったふねがたおれてしまいました。
「たいへん!」
 人魚姫は、海になげ出された王子さまをあわててたすけ、そのからだをだいて、はまべまでおよいでいきました。
「王子さま、しっかりして!」
 王子さまが目をさますまで、人魚姫はひっしに声をかけつづけます。
 ところがそこへ、人間のむすめがやってきました。
 おどろいた人魚姫は、海の中へとかくれてしまいました。
 人間のむすめが、たおれた王子さまに気づいて声をかけると、ちょうど王子さまは目をさましました。
 王子さまはむすめに言いました。
「あなたがたすけてくれたのですね。ほんとうにありがとう」
 王子さまは、人魚姫ではなく、人間のむすめがたすけてくれたのだとかんちがいしてしまったのです。
 人魚姫はがっかりしてしまい、海の中のおしろへとかえっていきました。
 ですが、人魚姫はどうしても王子さまのことがわすれられません。
「そうだ、わたしも人間になれば、また王子さまに会えるわ」
 そう思った人魚姫は、ふしぎな力をもっているというま(じょ)のところへ行き、人間にしてほしいとおねがいしました。
 ま女はこう答えました。
「いいともさ、おまえの人魚のしっぽを人間の足にしてやろう。だけどその足は、いっぽあるくたびにナイフをふんだようにいたむよ。
それに、もしもおまえが王子さまとけっこんできなければ、おまえは、にどと人魚にはもどれず、海のあわとなってきえてしまうよ。それでもいいのかい?」
「いいわ。それでも私はもういちど王子さまに会いたいの」
「そうかいそうかい。じゃあ、ねがいをかなえるかわりにおまえの声をいただくよ。おまえのうた声は人魚の中でもいちばんだからね」
 そうして人魚姫は自分の声とひきかえに、ま女から人間になるくすりをもらいました。
 人魚姫がはまべでそのくすりをのむと、みるみるうちに人魚姫のしっぽは人間の足になりました。ですがま女の言うとおり、足がひどくいたくてあるけません。
 そこへ、王子さまがやってきました。
「どうしました、あるけないのですか? では、おしろへおいでなさい」
 王子さまはあるけない人魚姫をおしろへつれてかえり、まるでいもうとのようにかわいがりました。
 それからしばらく人魚姫は王子さまのそばでしあわせにくらしていましたが、ある日、王子さまが人間のむすめとけっこんするときいてしまいます。
 ちがいます、あの日あなたをたすけたのは、その人間のむすめじゃなくて、私なんです!
 そう言いたいのに、人魚姫はもう声が出せません。
 このままでは、王子さまとけっこんできなかった人魚姫は、海のあわとなってきえてしまいます。
 その夜、人魚姫のおねえさんたちがナイフをもってきて、こう言いました。
「これで王子さまのむねをさしてころしてしまいなさい。
そしてその血を足にぬりなさい。そうすればあなたは、人魚にもどれるわ」
「王子さまをころせば、海のあわにならなくてもすむ……」
 人魚姫は、ナイフをもって王子さまの部屋へ行きました。
 そして、ねむっている王子さまのむねをめがけて、ナイフをふりあげます。
「……さようなら、王子さま」
 ですが、人魚姫は、王子さまをころすことができませんでした。
 人魚姫はナイフを投げ捨てると、王子さまにキスをして、海へと飛びこみました。
 そうして人魚姫は、海のあわとなって、消えてしまいました。

 ですが、あわとなったはずの人魚姫の耳に、ふしぎな声がきこえます。

「人魚姫。おまえは王子さまをころさなかった。
だから、もしもおまえが空気のせいれいとして、恋人たちをやさしく見まもることができたなら、そのときはおまえのたましいを王子さまのもとへかえしてあげよう」
 ほんとうに?
 私はいつか、もういちど王子さまに会えるの?  ジェイル――
 それは、突如世界に降ってきた、悪夢の種の萌芽。
 空から降ってきたその種は、根を張った大地を腐らせ、建物は歪み、生き物は飲み込まれてその姿を変えた。
 そうして地下深く沈んだ、太陽さえ奪われた街で、人々はジェイルが産み出した異形の化け物『メルヒェン』に怯えながら生きることとなった。
 そんなジェイルの中で、人類が化け物に対抗するための組織である『黎明解放戦線(れいめいかいほうせんせん)』が生み出した、対メルヒェン用決戦部隊――『血式少女隊』は、ジェイルからの脱出を目指し、自らの手を血に染めながら、監獄塔を登る。
 そうして彼女たちは、太陽を取り戻した。
 その、はずだった。  ここが『水族館』だということは、なんとなく分かっていた。
 気付いた時にはもう、私はここで一人きりで生きていた。周りには不思議な生き物たちがいたんだけど、私とは見た目も全然違うし言葉も通じないし、なんとなく怖くてあまり近づくことはしなかった。
 言葉は、いつの間にか覚えていた。だけど話せるような相手もいない。
 私はいつも、ひとりぼっちで寂しかった。
 私の宝物は、水族館で拾った、壊れたマイクだ。
 私はそのマイクで、いつも歌を歌っていた。
 歌うことが好きだった。歌うことだけが、私の寂しさを紛らわせてくれた。周りにいる変な生き物たちも、言葉は通じなくても歌は何となく気になるらしく、最近ではちょっとしたきっかけで私の歌を聞いてくれているような子もいる。
 もしかしたら、もっと歌がうまくなれば、他の子たちとも仲良くなれるのかもしれない。
 そう思って、私はある日、勇気を出して変な生き物たちの集団に近づいてみた。
 そして、思い切って歌ってみた。
 ……だけど。
 私の歌は、その生き物たちにとって不快だっただけなのだろうか。
『ギィィィッ!』
 私の歌を聞いた変な生き物たちは、急に、私に襲いかかってきた。
「えっ……どうして!?」
 慌てて逃げ出す。だけど、足がもつれて転んでしまう。
そこへ変な生き物が飛びかかってきて、よってたかって殴ったり、爪でひっかいたりしてきた。
「痛い! やめて!」
 必死で叫ぶけど、もちろんやめてくれない。肌が切れて血が流れるのが分かる。だんだんと痛みが増していく。
怖い。怖い。怖い。
 だけど同時に、痛みとは別の、どす黒い何かが私の中で膨らんでいく。
 どうして? なんで私がこんなことをされなきゃいけないの? 私の歌がそんなに気に入らなかったの?
私はただ、仲良くなりたかっただけなのに? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?
 一瞬、世界が歪んだような目眩を感じた。
 そして、そのどす黒い何かが、私の中で爆発しそうになって――

「こらぁっ!」
 不意に、声が響いた。
 化け物たちの動きが止まり、声がした方を振り向く。
私もそっちへ目線を向ける。
 そこには、小さな子が立っていた。
 変な生き物じゃない。私と同じ姿。人間だ。私と同じくらいの小さな子だ。
「そ、そ、その子から、はなれて! いじめちゃ、だめ!」
 幼いながらも意外にも勇ましい声が、変な生き物たちを一喝する。それに驚いたのか、生き物たちはばたばたと逃げていった。
「だ、大丈夫?」
 その子が私の方を向く。短い黒髪に、一房だけ赤と白に染まった部分があって、その鮮やかさに目を奪われる。
男の子だろうか。よく見るとその足が小さく震えている。
この子も怖かったのに、私を助けてくれたんだ。でも、この子は一体誰だろう? 今までこの水族館に私以外の人なんていなかったのに?
 ……いや、違う。そんなことより、先に言うべきことがある。この子は私を助けてくれたんだから。
「あの、」
「あ、あの!」
 だけど、私がお礼を言おうとする声を遮って、その子が大きな声を上げた。
「は、はい!」
 私も思わず、お礼を忘れて返事をしてしまう。
 一体、何を言われるんだろう。挨拶? 自己紹介? また変な生き物が襲ってくるかもという注意?
 ――と、一瞬で頭をかけめぐったいくつかの予想を、遥か斜め上に裏切る言葉を、その子はあまりにもいきなり叫んだ。

「どうか私を、あなたのお嫁さんにしてください!」  意味が、分からなかった。
 お嫁さん? お嫁さんって、あのお嫁さん? この子を、私のお嫁さんに? 私、女の子なのに? というかこの子、男の子じゃないの? 女の子なの? だいたい、会ったばかりなのにいきなり結婚って?
 ……不思議に思うことは、いくらでもあった。返事をするよりも先に、聞くべきことがたくさんあるはずだった。
 だけど。
 結婚。その言葉が、私の頭の中を埋め尽くす。
 そして私は、気付けばこう答えていた。
「……さま、なら」
「え?」
「お嫁さんにするんじゃなくて、王子さまになってくれるなら……いいよ」
 その子は、ぱちくりと目を丸くして。
 でも、何も聞かずに微笑んで、頷いてくれた。
「うん。分かったよ、お姫さま」

 ――こうして。
 唐突だけど、私たちは、結婚した。
 これから語られるのは、とある姫と王子の物語。
 泡となって消えたはずの姫と、未来を盗んだ王子の、もう一つの監獄塔の物語。
 夢でも幻でもない。
 これは、確かにそこに存在した、テオフィルの奇蹟の物語――

連載第2回は、4月12日発売の電撃PlayStation® Vol.660に掲載