第1回(電撃PlayStation® Vol.659 掲載)第2回(電撃PlayStation® Vol.660 掲載)第3回(電撃PlayStation® Vol.661 掲載)第4回(電撃PlayStation® Vol.662 掲載)第5回(電撃PlayStation® Vol.663 掲載)第6回(電撃PlayStation® Vol.664 掲載)

第6回

 つうが人魚姫と共に黎明にやって来てから約五年の月日が過ぎた頃、血式少女隊は八人目の仲間を迎えることになった。
 名前は、かぐや姫。小さな集落で、時折やって来るメルヒェンを撃退しながら暮らしていたらしい。
 だがその力は、共に暮らす人々の目には、メルヒェンの暴力とさして変わらないものとして映っていた。かぐや姫を拾って育てていた親代わりの人物も、だんだんとその力と存在を忌み嫌うようになり、やがて黎明のことを知り、引き取ってほしいと連絡してきたのだ。
 そうして黎明に連れて来られたかぐや姫は、実力を測るテストも兼ねた最初の実験で好調な成果を残し、しかしその後、部屋に引きこもってろくに出てこなくなってしまった。
 他の少女たちが心配して遊びに誘おうとしたのだが、かぐや姫の心の傷は深く、博士や視子からも「しばらくそっとしておいてあげなさい」と言われ、少女たちはかぐや姫とたまに顔を合わせるだけの日々を送っていた。
 そんなある日。
 すっかり身長も伸び、今やタイヨウ教団の陽司としてその立場を確たるものにした千昭が、珍しく血式少女たちを呼び出した。
 千昭は三年前、つうからミチルと実験用血液の話を聞き、それ以来ずっと黎明や教団のことを裏で調べ続けていた。成長して信用できる配下も従えた今の千昭には、幼い頃は無理だった調査も可能になっていた。
 誰にも告げることはなかったが、千昭は今、あるひとつの真実に近づきつつあった。その真実を掴むために、血式少女たちから直接の聞き取り調査を行うことにしたのだ。
 とは言え、千昭から少女たちへの質問はそう難しいものではなかった。一番古い記憶は何か。自分の名前をいつ知ったか。黎明ではどんな実験を受けているのか、等々。答えられなくても特に咎められることはなかった。
 最後に呼ばれたのはシンデレラだった。この順番に特に意味はなく、たまたま最後になってしまっただけだ。だがシンデレラは、どうして自分が最後なんだろう、何か悪いことをしたのだろうか……と、ネガティブに考えてしまっていた。
 怯えながら千昭の質問に答えていくシンデレラ。最後の質問を終えた千昭は、考え込むように顎に手を当てる。そしてひとつ大きなため息をつき、独り言のように呟いた。
「なぜ血式少女は七人必要なんだ……」
 それを聞いて、シンデレラの心臓がどくんと跳ねた。
 血式少女は七人必要。それは前から博士が言っていることだった。だからこそ三姉妹がやって来て血式少女が七人となった時、博士は殊更喜んでいるようだった。
 だが、今。血式少女は八人いる。
 千昭と別れ、自分の部屋に戻ってからも、シンデレラの動悸は収まらない。部屋の隅で膝を抱え、小さく震えている。
 (血式少女は七人必要……でも、かぐや姫が来たことで八人になってしまった。つまり、一人、いらなくなった……? だとしたら、いらないのは誰? かぐや姫は、最初の実験で良い結果を残した……今、一番役立たずなのは……だめ、そんなの……何か、何か役に立たないと……)
 メルヒェンの血も浴びていないのに、シンデレラの瞳が一瞬、ピンク色に光った。
 ある日の夜。研究室で、博士と視子が言葉を交わしている。
「……血式少女の誰か一人を選んで、身体的、精神的負荷をかけることによる『穢れ』の実験を進めようと思う」
「しかし、それは……」
 実験により、血式少女の血液はダメージやストレスなどで『穢れる』ことが確認されている。これまでは安全のために、その穢れが一定値を超える前に実験は中止されていた。だが博士は以前より、その一定値を超えさせてみる実験が必要だと話していたのだ。
「これはいずれ必ずやらなければならない実験なのだ。穢れの蓄積による、ジェノサイド化のその先……まだ我々の知らない何かがあるように思えてならない。血式少女の生い立ちを考えると、最悪の場合それは、人々の希望を闇で塗りつぶすほどの凶事かもしれないのだ」
「……赤ずきんでさえ、まだ十五才です。無理な実験は、彼女たちを壊してしまうかもしれない」
「確かに、その危惧もある。だが、覚えているだろう。必要な血式少女は七人。ということは、つまり」
「そのような考え方には賛同できません!」
「落ち着きたまえ……」
 激昂する視子をなだめる博士。視子はひとつ深呼吸して、あからさまに話題を変えた。
「それよりも、タイヨウ教団の動きが気になります」
「陽司のことかね」
「はい。陽司は教団員を使って何かしているようです。うちの子たちにもいろいろと聞いているみたいですし。最近では教団内で私設の戦闘集団を編成しているなどという噂もあります。そちらの動きを把握しておくべきなのでは」
「ふむ……今までは好きに泳がせていたが、あの子もだんだんと力を持ち始めた。少し厄介かもしれないね……」
 どうしたものか、と自分の髭を撫でる博士。
 その時、扉の外でかすかに、かたん、と音がした。
 視子が歩み寄り、そっと扉を開ける。だが、そこには誰もいない。
「誰かね?」
「……いえ、誰もいません」
「ふむ?」
 博士はもう一度、自分の髭を撫でる。
 翌朝、黎明からは、シンデレラの姿が消えていた。
 シンデレラが消えて、一ヶ月が過ぎていた。
 黎明の自警隊員たちがいろんな場所を探しているが、一向に見つかる様子はない。
 博士は、シンデレラは最悪、一人で独房エリアに向かってメルヒェンに殺された可能性がある、と話した。そんなわけないと最初は誰もが思っていたが、一ヶ月も見つからないとなると、血式少女たちの間にも絶望の雰囲気が漂い始める。
「シンデレラは本当に、一人で独房エリアに行ったのかな……」
 言い辛そうにつうが言う。人魚姫は顔を上げて反論する。
「でも、独房エリアは自警隊の人たちが探してくれたんでしょ?」
「危険の少ない入り口付近だけだよ。奥の方までは行ってないはずだ」
 険しい表情を見せるのは赤ずきんだ。赤ずきんにとってシンデレラは、一つ下の妹のようなものである。
「もしそうだとしたら、なんで一人でそんなとこに行くのよ? 行っちゃ駄目だって言われてるじゃない」
 親指姫は、最近の黎明がタイヨウ教団への疑いを強めていることを感じ取り、自分の妹以外とはやや距離を置き気味になっていた。だが、こういう時に心配しないほど心が離れてはいない。
「シンデレラさん……前から、実験で結果が出せないのを気にしてましたから……」
「ん……ん……」
 白雪姫と眠り姫も心配そうに眉根を寄せている。
 博士からは、お前たちにまで何かあってはいけない、シンデレラの捜索は大人に任せるように、と言われている。だが、少女たちはもういてもたってもいられなかった。
「やっぱり、僕たちも探しに―」
 つうが言いかけたとき、外の方から、何やら騒がしい声が聞こえてきた。内容は聞き取れないが、穏やかではない雰囲気だけは感じる。
「何だろう……?」
「行ってみよう!」
 赤ずきんが駆けだし、他の少女たちも後に続く。
 建物の外に出ると、そこには大勢の人間が押しかけ、口々に何かを叫んでいた。よく見ると、押しかけているのはタイヨウ教団の信者たちのようだった。
 戸惑う黎明の人々に罵声を浴びせていた信者たちは、血式少女たちが出てきたことに気づき、さらに声を荒らげた。
「そいつらだ! そいつらの仲間が陽司さまを殺したんだ!」
 親指姫の表情が、凍りついた。
「そうだ! 俺も見たぞ! そいつらと同じ服を着た、青髪のガキだ! そいつが俺たちの目の前で陽司さまを殺した!」
 大人たちの憎悪の視線に、血式少女たちは混乱して何も言い返せない。
 だが、親指姫だけが、ゆっくりと歩み出て信者の一人に問いかける。
「陽司って……ちーのこと? ちーが、殺された? どういうこと?」
 教団員はもともと一緒に暮らしていた親指姫のことを覚えていたようで、親指姫の両肩に手を置いて大声で続ける。
「親指姫か! お前たち、今すぐ帰ってこい! やっぱり黎明は信用できない!」
「どういうことかって聞いてるの!」
 親指姫はさらに大きな声で叫び返す。その気迫に圧倒され、教団員は声音を落として説明を始めた。
「陽司さまは、少し前から独房エリアを調査するための調査隊を作っていたんだ。俺もその中の一人だった。そして昨日、独房エリアに調査に入った……そうしたら、お前たちと同じ制服を着た少女がいきなり現れて、陽司さまを殺して、奥に消えたんだ……」
 教団員の言葉に、少女たちは誰も何も答えられない。
 長い沈黙のあと、やっとぽつりと口を開いたのは、やはり親指姫だった。
「……青髪の?」
「そうだ……腰まである、長い青髪だった」
 血式少女隊の制服を着た、腰まである長い青髪の少女。
 当てはまるのは、一人しかいなかった。
「……白雪、ネム。帰るわよ」
 唐突に、親指姫は妹たちの手を取り、足早に歩き出した。
「えっ……親指姉様……?」
「んっ……ちょっと、待って……」
 わずかばかりの抵抗を見せるが、結局妹たちは手を引かれるがままに姉についていく。
 駄目だ。このまま行かせちゃ駄目だ。そう思ったつうは、親指姫に駆け寄ってその背中に手を伸ばそうとする。
「待って、親指!」
「うるさい! ついて来るな!」
 悲痛な叫びに、伸ばしかけたつうの手が止まった。
 親指姫は立ち止まり、少しだけ振り返って横顔を見せる。
「……本当かどうか、確かめてくる。だから、今は」
 しかし、最後まで目は合わせずに。
「……ついて、来ないで……っ!」
 辛そうに、苦しそうに、声を絞しぼり出し。
 そして三姉妹は、黎明を出ていった。
 何かの間違いだ。すぐに誤解は解けて、三姉妹もシンデレラも千昭も、みんな帰ってくる。誰もがそう思っていた。
 だが、誰も帰ってはこなかった。
 真実は分からず、シンデレラも見つからず、千昭の死体だけが回収された。教団で厳かに執り行われた葬儀に、黎明のメンバーは参列を拒否された。
 数ヶ月後、三姉妹がタイヨウ教団の新しい陽司に就任した。こっそりと様子を見に行ったとき、三人はもう血式少女隊の制服ではなく教団服を身に纏っていた。
 血式少女隊は、その人数を一気に四人にまで減らした。これにより、血式少女の研究および実験はさらに慎重なものになった。
 どんな心境の変化があったのか、かぐや姫はある日から唐突に部屋を出て、積極的に実験に参加するようになった。本来なら喜ぶべきことなのかもしれないが、何かに追い詰められているようなその様子は、見ている者を不安にもさせた。
 赤ずきんは、シンデレラの無実を信じていた。何かの間違いだと。博士もその考えを否定はせず、三姉妹がいつでも戻ってこられるように説得を続けていた。
 どうして、こんなことになってしまったんだろう。
 つうは、それを考え続けていた。
 黎明の監獄塔攻略は再び停滞し、月日は過ぎる。
 そしてさらに五年が経った頃、やっと、新たな血式少女が見つかる。
 だが。
 それがさらなる絶望の幕開けであることを、まだ誰も知らなかった。
 

この物語の続きは、7月12日発売のゲーム『神獄塔 メアリスケルター2』に続く