第1回 出撃!ギインドールズ
――西暦2207年。二ホンは未曾有の危機に直面していた。
トウキョウ上空に突如次元の歪みが生じ、謎の逆さ都市群が出現。異形の魔物たちが襲来し、迎え撃った自衛隊は敗北。
ナガタチョウを中心に都内は破壊され、二ホン政府は事実上、その機能を失った。
――だが二ホン国民は絶望の淵に沈んだりはしなかった。なぜなら――
『――そうです!!!! 我々には、まだ彼女たちがいるのです!!!! 絶望するにはまだ早い!!』
上空を舞うヘリから、身を乗り出した男性がマイクを握りしめてテンション高く声を張り上げた。アナウンサーなのだろうか。その隣には、大きなカメラを肩に抱えたクルーが並び立ち、レンズを懸命に地上へと向けていた。
カメラの先には、無残な光景が広がっていた。
かつては高層ビル群であったのだろう、まるで大震災にでも見舞われたかのように、廃墟と瓦礫の海とが広がっている。さらに何者かとの激しい戦闘を物語るように、徹底的に破壊しつくされた戦車や装甲車の類が、あちらこちらに転がっていた。
しかし、カメラが捉えようとしているのは、そのような陰惨な光景ではなかった。
10――いや20はいるだろうか。明らかに自然界の法則から反した異形の魔物が、身の毛もよだつ奇声を上げ、円を描くようにうごめいている。
その中心には、背を合わせて異形の魔物たちに対峙する、明らかにこのような場には似つかわしくはない4つの人影が――
『――失われた前内閣に代わって、新たに組織された電脳戦術内閣!! 大臣という行政部門の長の肩書きを持ちながら、自ら魔物たちから我々国民の安全を守るべく立ち上がった少女たち――神貫ナツメ総理大臣率いるギインドールズ!!!!』
「うう、なんかまた大きな声で総理大臣って呼ばれてるううう」
空からの絶叫に、4人の中の1人の少女が頬を赤らめて身震いした。
「恥ずかしがることはありませんよ。ナツメさんは総理大臣なんデスから。そしてワタシは外務大臣デス」
頬を赤らめた少女に対して、隣に立つショートボブの少女が楽しげに応じて、自慢げに大きな胸を反らしてみせた。
「わかってるよ、ミクリ。でも、やっぱり、総理なんて呼ばれるの、なんだか慣れないよ……」
「ホ、ホタルも撮られてるなんて恥ずかしいよぉ」
ナツメの言葉に、四人の中でもひときわ小柄な少女が、もじもじと身体を震わせた。
「……まったく、危険だから政府公式以外での撮影、放映は禁止しているはずなのに……。マスコミにも困ったものね……」
最後の1人、ロングヘアーを大きなリボンでまとめた少女が、少し呆れたように嘆息した。
「でも、まあ今回は仕方がないわね。今ここですぐに帰れなんて言っても仕方ないし――だからナツメ、ホタル、そんなこと言ってないでしゃんと胸を張りなさい」
「えー、でも、チヨ――」
ホタルと呼ばれた少女がそれでも恥ずかしそうに口を開きかける。それを手で制して、チヨと呼ばれた少女が、少し勝気な口調で続けた。
「いま国民の皆さんを勇気づけられるのは、私たちだけだわ。どうせ中継されるなら、それを最大限に利用しましょう――もちろん、あとで官房長官の名前できちんと抗議は出すとして、ね」
「……たしかに、チヨの言う通りだね」
「……わかった。ホタルも、頑張る」
チヨの言い分はもっともだった。ナツメもホタルも頷いた。ナツメはひとつ深呼吸をして、肩を並べる3人の少女の顔を見やった。
「それじゃあ――チヨ、ホタル、ミクリ、行くよ! みんなにわたしたちの強さを見てもらおう!!」
『――ご覧ください国民の皆さん! 凄い! まさに蝶のように舞い、ハチのように刺す! 魔物たちはまったく総理たちの動きについていけません! おお、官房長官から放たれた炎が魔物たちを焼き払い、防衛大臣の矢が射貫いていきます! 次々と、ああ! 外務大臣の拳が2体同時に魔物の頭を叩き潰しました! そして、神貫総理が高く飛び上がり、剣を振りかぶって、ああ!! 太ももがあんなに――いえ失礼しました!! 魔物を! 最後の魔物の身体を一刀両断にしました!! ああ、素晴らしい!! 総理、総理ィィィ――』
……魔物たちとの交戦が終わり、4人の少女たちは手にした武器を収めて一息をついた。
「お、終わったね。ねえナツメ。ホタル、ちゃんと出来てたかな……?」
「大丈夫。すごく心強かったよ」
「よかった……。失敗しないかって、ドキドキしちゃった」
「チヨもミクリもお疲れさま」
「外務大臣として、お役に立てて光栄デス」
「わたしも官房長官として責務が果たせてよかった。……叔父様も喜んでくださると良いのだけど」
[――みんな、ご苦労さま]
その時、4人の耳元にこの場にはいない別の少女の声が聞こえてきた。
拠点である科技葉原Q-BOXでナツメたちの戦いをサポートする役目を担う、ハスミからの通信だった。ちなみに彼女もナツメたちと同様に、総務大臣という肩書きを持っている。
[魔物の生体エネルギーは完全に消失したよ]
通信機から聞こえてきた言葉に、ナツメたちはふっと安どのため息をついた。
[チヨ、後ろで見てたヨシトキさんもキミたちの戦いを褒めてる。それに今の中継で支持率がリアルタイムで73%まで上昇したよ]
通信で4人の会話が聞こえていたのだろう。ハスミがそう言って、チヨが少し顔を赤らめ俯いた。
その時、ナツメたちのすぐ近くにプロペラ音を響かせてヘリがゆっくりと着陸した。
『総理、神貫総理大臣! 本日も見事な戦いぶりでした!! 今日の勝因はなんでしょうか?!』
「え? あ、いや、その、えへへ……」
本来なら政府からの通達を破り、中継を行なったことを咎めるべきだったのだろう。が、いきなりマイクとカメラを向けられて、ナツメはとっさに上手く言葉が出てこず、はにかんでしまった。
と、その時、不意に耳元の通信機から、官邸のハスミの声が聞こえてきた。
[――みんな、エーテルの放射を確認!!]
「……あ? え?!」
――エーテルとは、万物の生命の根源となるエネルギーの名前である。古くは古代ギリシャのアリストテレスが提唱し、哲学者デカルトや物理学者ニュートンもその存在を信じた、だが長年にわたり観測すら不可能であった神秘の物質だ。
ナツメたちが少女という身でありながら異形の魔物たちと戦うことができるのは、このエーテルの存在があってこそだった。
特殊な戦闘用スーツ『デジスキン』をまとい、エーテルの莫大なエネルギーを利用することによって、彼女たちは人の身でありながら魔物と戦う力を得ることができているのだった。
だが、このエーテルにも欠点はある。
それを自らの肉体に吸収し力に転化できるという、極めて特殊な能力を有した者たちにしか、エーテルは取り扱うことができないのだ。
その能力を持つ者たちは、肉体に不思議な紋様――《政痕》と呼ばれている――を目印のように有している。そう、ナツメたちのように。
――通信機からハスミの声が聞こえたのとほぼ同時に、ナツメ、チヨ、ホタル、ミクリの額に紋様が浮かび上がり、周辺が光り輝いた。やがてその光の粒子が4人の額の紋様へと収束する。
《政痕》を通してエーテルが、ナツメたちへ流れ込んでいく。衝撃とも熱さとも、あるいは快感にも似た感覚が、少女の中を駆け抜けた。
「はぅっ……」
「んんんっっ」
「ふああ……熱いよぉ……」
「んんー、エーテル、気持ちいいデス……」
「「「「はあああーーーーーーーーんんん」」」」
その感覚に思わずナツメ、チヨ、ホタル、ミクリの4人は、嬌声にも似た声を上げ身をよじらせた。
不意の感覚にはあはあと息を切らすナツメの耳に、冷静なハスミの声が通信機から聞こえてきた。
[――エーテルの《政痕》への吸収を確認]
『…………おい、今の、ちゃんと撮れてたか?』
――その日、総理たちがエーテルを吸収する姿が生中継され、内閣支持率は、実に96.8%を記録した。