ギロチン。
 正式名称を『正義の柱〈ボワ・ド・ジュスティス〉』と言う。
 17世紀後半、フランス革命勃発後に数多くの受刑者の首を落とした、世界で最も有名な処刑器具の一つである。
 ギロチンは、受刑者を苦しめず確実に、また貧富や身分の差に関係なく『名誉ある斬首刑』に処すことができる、人道的な処刑器具として開発された。しかしそれがかえって人々の心に無慈悲な殺人機械の印象を与え、ギロチンによる処刑は一時、娯楽となった時代もあった。
 最初の処刑台少女、ギロチンが生まれたのは、ただの偶然だった。
 数々の処刑台や拷問器具があるその場所にテオフィルの種が落ちたことは、人類にとって最悪の不運であったと言えるだろう。
 ギロチンを始め、アイアン・メイデン、首吊り台、火あぶり柱など。
 それらに込められた人々の恐怖、嫌悪、転じて興味、あるいは嗜虐といった想いは、種が擬態するのに十分すぎる強さを持っていた。
 そんな断頭台の概念が、種に寄生された妊婦の胎児に宿り、一人のジェノサイド・ピンクが生まれた。
 誰何の声に対し、彼女は自ら「ギロチン」と名乗った。
 人類にとってもう一つの不運は、ギロチンの誕生をたまたま目撃した某氏が、人類への悪意を持っていたことだ。
 某氏は最初、生まれたばかりのギロチンを見て、化け物と判断して殺してしまおうかと考えた。しかしその目がピンク色に光っていたので、これはもしかしてジェノサイド・ピンクなのではないかと思い直した。
 ジェノサイド・ピンクがどのようにしてこの世に生まれるのか、某氏は知らなかった。なので、自分の目で見た事実、すなわち汚染動物となった妊婦から生まれてくるのではないか、という仮説を立てるのは自然なことだった。
 ジェノサイド・ピンクの正体はまだよく分かっていないが、何かのキャラクターを擬態した存在であることと、概ねそのキャラクターの持つ存在意義の通りに行動しているらしいということは人々の共通認識となっていた。
 例えば、正義の味方を擬態したジェノサイド・ピンクであれば、それは基本的に人々を守ろうとする。
 ならば、もしもこれがギロチンを擬態したジェノサイド・ピンクであるとしたら、成長したら人を殺すためだけの存在になるのではないか?
 そして某氏は、自分の手でギロチンを育てることに決めた。
   ギロチンを育てながら、某氏はジェノサイド・ピンクの情報を集めた。
 種が落ちてきた場所には巨大な球根のような物が現れ、周囲の土地や建造物を歪めて異界と化す。どうやらその種が落ちてきた場所に何があったかが重要のようだ。
 ある都市では大きな映画館に種が落ち、ちょうど公開していた特撮映画のヒーローやアニメ映画の主人公を擬態したジェノサイド・ピンクが生まれたらしい。してみると、ギロチンが生まれたこの場所には他にも様々な処刑器具があるので、また処刑台のジェノサイド・ピンクが生まれるかもしれない。
 ギロチンが生まれた場所の近くに、種から生まれた巨大な球根のような物があるのを某氏は発見していた。某氏は、普通の人間や妊婦をさらってきてはその球根に寄生させ、ジェノサイド・ピンクが生まれるかという実験を繰り返した。
 実験は失敗続きだったが、約四年後、ついに二人目の処刑台少女が生まれる。
 目をピンク色に光らせて生まれてきたその赤ん坊が言葉を喋るようになった頃、某氏が名前を問うとすぐに「アイアン・メイデン」と答えた。
 ニュルンベルクの鉄の処女。ドイツ語ではアイゼルネ・ユングフラウ。
 人間よりも大きな、中が空洞になっている人形で、両開きの胴体部分の内側には長くて大きな棘が無数に取り付けられている。
 その人形の中に人間を入れて胴体を閉めれば、内側の棘が体を刺し貫き、中の人間は血を流して苦しみながら死ぬことになる。残虐性で言えばギロチンを遥かに上回る、処刑というよりも拷問用の器具である。歴史的な実在は疑われているが、人の想いを擬態する種には関係ない。
 仮説通りに二人目の処刑台少女が生まれたこの時、ギロチンは肉体的にはまだ四~五歳程度でしかなかったが、もうすでに人間を殺していた。
 ギロチンが最初に殺したのは、某氏がさらってきて実験に使い、失敗して汚染動物と化した人間だった。
 ジェノサイド・ピンクは汚染動物の血を浴びることで劇的に身体能力を向上させる。それに加え、ギロチンは某氏に極めて従順に育っていたので、あっけないほど簡単に、某氏の命令に従って一人目を殺してみせた。
   二年後、さらにもう一人の処刑台少女、首吊り台が生まれる。
 某氏はこれより、三人の処刑台少女により効率的に人間を殺させるための方法を追究していくこととなる。
 自らが育て上げた処刑台少女を使って、化け物も、人間も、ジェノサイド・ピンクも殺し尽くす。それが某氏の目的である。
 とっくの昔に、某氏は狂っていたのだ。