地球にテオフィルの種が降ってきてから数年。
 文明は、圧倒的な速度で衰退していった。
 理由はいくつかある。一つは種の寄生による直接的な被害。一つは寄生された汚染動物による被害。
 そしてもう一つは、人類の自滅とも言える被害だった。
 地上の科学者たちが全力で種の調査に当たり、その結果分かったことがある。
 種には雄株と雌株があり、雄株が巨大な建造物などに寄生して歪んだ塔に変わると、雌株はその上空で白い月のような姿になる。
 雄株は大地や人間の血肉を栄養として吸収しながら成長していく。そしてその塔が白い月に届くと雌株は受精し、まったく新しい株を生む。
 そうして生まれた新しい株――ウィッチクラフトは、親株よりも遥かに強い擬態能力を持っていたのだ。
 それは例えば、願えば世界の形すら歪ませることができてしまうほどの。
 人間たちがそれに気付いてから、混乱は加速していった。ウィッチクラフトを奪い合って各国が争い、それを手にした者は無責任に自らの欲望を願い、あるいはテオフィル以上に、人間がこの世界を歪ませていった。
 そこへさらに現れた、もう一つの絶望。
 それが、処刑台少女だった。
「ねーねーメイ姉さん、ゲームしない? 子どもがたくさんいる家族を捕まえて、誰を殺すか親に選ばせるの! 予想が当たったら1ポイント!」
 三女の首吊り台はまだ六歳程度の少女だが、殺した人間の数は百を超えている。
「えぇ~? 首吊りチャン、悪趣味ぃ。メイ、そんな野蛮なことしたくなーい★ それより誰の血が一番美味しいか当てよーよ。負けないよぉ?」
 次女のアイアン・メイデンなら二百。彼女は人間の血を好んで舐める。
「くだらないことを言うのはやめなさい二人とも。私たちはただ、少しでも多くの人間と化け物を殺せばいいんです。余計な手間暇をかけるのは馬鹿のすることですよ」
 長女のギロチンに至っては、五百人以上は殺していた。
『はーい』
 ギロチンに叱られ、おどけて舌を出す二人。
   処刑台少女は、汚染動物も人間も分け隔てなく殺す。
 彼女たちに対抗できるのは、ジェノサイド・ピンクだけだった。
 ジェノサイド・ピンクは、基本的には人々を守ろうとするので、処刑台少女と衝突することもある。しかしそもそも両者は同じ存在であるため、強さが拮抗しており勝負がつかないことが多い。
 某氏は、処刑台少女がジェノサイド・ピンクすら圧倒する力を得られるよう、あらゆる手段を講じた。薬物。機械。汚染動物の一部。利用できる物は全て利用し、処刑台少女を改造、強化していった。
 それに伴い、彼女たちの外見には徐々にある変化が現れる。
 目は青く、髪と肌は灰色に。
 それはまるで、体中に何かの穢れがたまっていっているかのように見えた。
 某氏は、処刑台少女を作るために二つの方法を試していた。
 一つは、妊婦をさらってきて、処刑台のある場所に落ちた種に寄生させ、汚染動物化した妊婦から産まれてくるのを待つ方法。
 実際、アイアン・メイデンと首吊り台はこの方法で産まれていた。ギロチンもそうだったことを考えると、これが一番確実な方法かも知れない。
 しかし、この方法には問題があった。
 まず、人間と違って十月十日では産まれてこないということ。アイアン・メイデンも首吊り台も、産まれるまでに二年以上かかっている。いつ産まれてくるかも分からないのに、それまで汚染動物の面倒を見なければならないというのも効率が悪い。
 そして何より、人間が減りすぎた結果、妊婦を探すのが難しくなってきた。
 なので某氏は、それまであまり力を入れていなかった、もう一つの方法を積極的に試していくことにした。
 すなわち、すでに生まれて成長している人間の子どもをさらってきて、直接根に寄生させる方法。
 今のところこの方法は、100%失敗していた。これまでにも何度か試したが、例外なく汚染動物化している。
 しかし、地球にテオフィルの種が落ちて数年の内に一〇代のジェノサイド・ピンクが現れたことからすると、その方法で成功する場合も必ずあるはずだった。
 焦ることはない。一人ずつ実験し、失敗すれば殺してまたさらって来ればいい。
 だが、これからも多くの失敗が予想されるため、実験体がいなくなっては困る。
 某氏は処刑台少女たちに、今後、幼い子どもを殺すのはなるべく控えることと、定期的に子どもを一人さらって来ることを命令した。
 実験を続けていけば、いずれその中の誰かが四人目の処刑台少女となるだろう。
 某氏は、残る四つ目の処刑台――火あぶり柱を見つめながら、そう考えた。
   そして地上に、最後の絶望が現れる。
 それは自ら動いて地上をさまよい、あらゆるものを喰らい呑み込みながら、際限なく大きく成長していく監獄塔。
 これにより、世界の衰退はさらに加速していくこととなる。
 人々はそれを、『悪食の監隊塔』と呼んだ。